カンバーランド長老キリスト教会

東小金井教会説教

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  • 祈りが見せるもの

    2018年6月3日
    サムエル記下23:2~5、マルコ1:29~39
    関 伸子牧師

     マルコによる福音書第1章29節、ここにシモンという人が出て来ます。これはシモン・ペトロです。ペトロという名は、主イエスが後からつけた名前であって、このシモンという名前のほうが生まれたときからの名前です。あの私たちの仲間のシモンの家を舞台としている、僅かな間の出来事です。

     先ほど、サムエル記下の、たいへん美しい物語を読みました。このサムエル記下第23章の言葉は、ダビデの最後の言葉です。ダビデがここで、「神に従って人を治める者」、自分のことであるかのようですけれども、そういう、神に従って人を治める者は、「太陽の輝き出る朝の光」と歌い、そして、「神と共にあってわたしの家は確かに立つ」という確信をもってその生涯を終えた、と書いてあります。当時の人びとは、自分たちを救ってくれる救い主、メシアは、そのダビデ王の再来だと信じていましたから、ダビデの言葉は皆、心に刻んでいただろうと思います。シモンの家を訪ねてくださったイエスの、その姿を思い浮かべるときに、まさに朝の光が射したと言えるでしょう。その朝の光にめくるめくような経験をしながら、20時間ほどの間にシモンの家の人びとが、そのシモンの家を取り囲むカフェルナウムの人びとが、大きな体験をしました。私はこの興奮の連続であったかもしれないような喜びの出来事が、私たち一人ひとりの物語であるという思いがしてならないのです。

     「イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り」、と書いてあります。これが、主イエスとシモンの妻の母との最初の出会いです。主イエスが手を取って起こしてくださった。起きた時熱は去っていた。そして、「彼女は一同をもてなした」と書いてあります。この「もてなした」という訳は、食卓の用意をしたということです。しかし、「もてなした」と訳している言葉の元の言葉は「サーヴィスをする」というのです。だから、一般的に「奉仕をする」という意味に訳すこともできる言葉です。更に、この「もてなした」と訳されている言葉は、何度も同じ行為を繰り返したと読むことができる意味です。いつもお仕えするようになったというのです。

     ここには、しゅうとめの話しか出て来ないので、シモンの奥さんの話はここには登場しません。けれども、伝道者パウロが書いたコリントの信徒への手紙一を読むと、第9章5節に、ケファという名前で、このシモン・ペトロのことが出てきます。「ケファのように信者である妻を連れて歩く」とあるのです。そのようないシモンの家が主イエスの手によって救い取られていく物語がここに始まっているのです。

     これは、小さな、家のなかの出来事です。日が暮れると同時に、シモンの家の前は、騒然たる空気に包まれてしまいました。イエスは喜んで病んでいる者たちを救ってくださいました。しかし、マルコはすぐ後にこういうことを書きました。「悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである」。悪霊たちはもう知っていた。しかし、それを語ることを悪霊に許さなかったということです。なぜか。私たちが神学を勉強し始めるとすぐ覚えるひとつの言葉があります。それは「メシアの秘密」という言葉です。メシア・イエスは秘密を持っておられる。その秘密は、私たちと同じひとりの人間がいる、その方が実は、神の子であるということです。私たちを救いに来てくださった方だということです。

     マルコ福音書が特に書いているのは、せいぜい3年出来事です。その出来事を書くときに、この福音書記者が明確に言おうとしたことは、これは十字架につけられ、甦られた方の物語であるということです。これは、悪霊などが証ししようのないものです。しかし、この時も主イエスと共にあったシモンたちが、主イエスの正体に悪霊ほどに気づいていたかどうかは分かりません。朝、彼らが目を覚ましてみると、主イエスはおられない。「人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」と書いてあります。口語訳では、「寂しい所」となっています。この第1章の12節にある「荒れ野」という言葉と、「人里離れた所」と訳されている言葉とは、元の言葉は同じです。主イエスは祈りのために「荒れ野」に出て行かれたのです。祈りの中で、主イエスはご自分の使命をもういちど見定めておられたのです。

     シモンとその仲間は目を覚まして、イエスがおられないのでびっくりして、追いついて行こうとしました。イエスを見つけたとき、「みんなが捜しています」と言ったとあります。町の人びと、なお癒してほしい人びとがいるのです。するとイエスは、「近くの町や村へ行こう」と言われました。

    この外へ出る主イエスの伝道の歩みは、やがてエルサレムに赴く旅になります。また、主が甦られた後に、このガリラヤの一介の漁師であったシモン・ペトロは、ローマの都にまで赴いて、ローマ皇帝の膝元で殉教の死を遂げたと言われるのです。やがてこのペトロも、祈ることを覚えたと思います。このペトロに指導された教会の人びとの生活を語っている使徒言行録も、祈りに満ちています。夜を徹して祈った教会、捕らえられているペトロのために祈りを続けて、神の勝利を願った教会、祈っている間に新しい幻を与えられて更に生きる力を与えられるペトロたちの姿を書いています。
     
     この主イエスのここにおける祈りは、やがてゲッセマネの祈りに通じるものです。血の汗を流して、ただ神のみこころがなるようにと、ひたすら祈る祈りがここにすでに始まったのです。その主イエスが、弟子たちが問うた時に、祈りを教えてください、と言われた時に、主の祈りを教えてくださいました。私は、主の祈りもまた、主イエスがいつもこうやって朝早く祈っておられた時の主ご自身の祈りの言葉、その心を、私たちにも分けてくださったものだといつも信じて祈っています。そのように私たちも、主の恵みの闘いに参加することができる。その主に従って今家に帰るのです。お祈りをいたします。