カンバーランド長老キリスト教会

東小金井教会説教

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  • ぶどう園で働く

    2019年4月7日
    イザヤ書5:1~7、ルカによる福音書20:9~19
    関 伸子牧師 

     ルカによる福音書第20章9節以下に記されている譬えで、ここに登場するのはぶどう園をあずかって、そこで働いていた農夫たちです。ここで大切なことは、ぶどう園の主人が完全に農夫に任せてしまっているということです。やがて収穫の時がくると、そこに主人の使いがひょっこり現れて、そろそろ収穫の時であろう、主人が、自分の分け前をくれと言っているから渡してはくれないかと言う。この主人は、収穫全部をよこせとは言っていません。ところが、農夫たちはその僕を袋だたきにして、から手で帰らせてしまう。あなたにあげるものはない、と主人に言ってのけたのです。

     主人は、もうひとりの僕を送りました。次の年の収穫の時にまた僕を送りました。しかし、扱いがだんだんひどくなります。ただ袋だたきにしたのではなく、更に侮辱を加え、帰らせました。三番目の僕は、傷を負わされた上で追い払われました。そして最後に、主人は自分の愛する子を送りました。そして、この農夫たちは、この子が送られて来た時に、これを殺してしまったら全部自分たちのものになると考えたというのです。

     これが、私たちに向けられて語られた主イエスの話です。ここで確認しなければならないこと、それは、信仰者だけではなく、およそ人間というものは、すべて主人持ちであるということです。皆、神からお借りしているのです。たとえば、このからだがそうです。自分の家族、子どももまた、神からの預かりものです。だから大切にします。自分の人生まるごとがそうです。

     神がまるでおられないかのように思い込んでしまうほどに、人間は、神からすべてを委ねられてしまっています。それほど信頼されているのです。しかも、この神がなさったことは、その人間の自由から生まれる過ちが繰り返されたとき、忍耐をもって見守り続けられるだけではありませんでした。最後に「私の愛する子」を送るという決心を神はされました。しかも、その子が殺されてしまう。

     御子主イエス・キリストは最後の最後まで、私たちが立ち帰るようにと、招いて待っていてくださいます。その瞳は、微塵の疑いもさげすみもありません。ただ信頼して私たちを見つめておられますぶどう園で働く。皆で一緒になって力を合わせて働くというのは、その生活を、私たちもまた、大切にして生きることができるのです。そうであれば、いつでも喜んで、主が再び来られるのを待つことができるのです。お祈りをいたします。