主イエスに遣わされて生きる
2026年6月21日 アモス書7:10~15、マルコによる福音書6:7~13 関 伸子_牧師 マルコは第1章16節以下でペトロ・アンデレ・ヤコブ・ヨハネの召命を記し、第3章13節以下で「十二人の選び」を述べており、今日の箇所で十二弟子の派遣が実行されます。なぜ、十二という数を大切にしたのでしょう。アブラハム、イサク、ヤコブ。三人の信仰の祖先を持っているイスラエルの民が、ヤコブの時に、その子十二人を頭とする十二部族をもって組織されました。この十二の部族をも[…続きを読む]
いやされた証人
2026年6月14日 サムエル記上16:14~23、マルコによる福音書5:1~20 関 伸子_牧師 マルコによる福音書第5章1節から20節には、ガリラヤ湖の東岸に着いた主イエスと悪霊につかれたゲラサ人との出会い、そしてイエスによる癒しの物語が記されています。 「汚れた霊に取りつかれた人」に、社会は、誰も声をかけません。この人は、住むところを失い、墓場を住まいとしていました。この人は、足かせや鎖で縛られていましたが、鎖は引きちぎられ、足かせは砕けて、誰も彼[…続きを読む]
ひたすらな祈りが見せるもの
2026年6月7日 歴代記下15:1~8、使徒言行録4:23~31 関 伸子_牧師 今日は使徒言行録をご一緒に読みます。この使徒言行録はわたしたちの教会の話ですから、それだけでも楽しく読めると思います。この書は「聖霊行伝」とも言われています。神御自身のわざの記録です。この箇所中心は31節「皆、聖霊に満たされて、堂々と神の言葉を語りだした」でしょう。 少し前、第4章13節以下は「ペトロとヨハネの釈放」のことが記されています。ペトロとヨハネは、「イエスの死[…続きを読む]
キリストによる愛の至高性
2026年5月31日 詩編8:1~10、コリント一13:1~13 希望が丘教会 松矢 龍造_牧師 さて、私たちが生活し続ける為には、何が最も大切でしょうか。私は思います。最も大切なものは、「希望」であり「愛」だと思います。旧約聖書の詩編8編では、「人とはいったい何者であるのかと問われています。小さく弱く醜い私であっても、創造主にして救い主である神様は、なお顧みを続けていてくださってといます。そこに愛と希望があります。 旧約聖書に、人生における知恵が記さ[…続きを読む]
神の国の幻に生きる
2026年5月24日 詩編122:1~9、使徒言行録2:1~11 関 伸子_牧師 五旬祭の日が始まり、主イエスに従う者たちは集まって、祈り、待望しています。新しい日は、風のような天からの音の噴出によって始まります。天からの音が家に響いたとあります。「響き」は原文では「満たす」を意味する語が用いられています。さらに、一同は聖霊に「満たされ」(使徒2:4)と述べられ、「満たす」を意味する語が繰り返されます。それはこの出来事が、復活の主イエスが約束した言葉の成[…続きを読む]