カンバーランド長老キリスト教会

東小金井教会説教

礼拝説教の要旨をご紹介しています

  • 〒184-0011

    東京都小金井市東町2-14-16

    0422-31-1279(電話・FAX)

  • キリストのまなざしの中で

    2017年11月26日 創世記18:9-15、マルコ10:17-34 関 伸子 牧師  今日ご一緒に読みました、マルコによる福音書第10章の21節に、「イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた」とあります。これは、文語訳では、「いつくしみて言い給う」と訳しており、口語訳になっても、新共同訳になっても変わらないのです。しかし、この「慈しむ」というところは、原文では、「イエスが彼を愛された」と明確に書かれているのです。もう少し原文のニュアンスを強調して言えば、「イ[…続きを読む]

    「今」を生きる

    2017年11月19日 イザヤ書53:1-6、12、ルカ22:35-38 荒瀬 正彦牧師  私たちはいろいろな意味で弱さを抱えています。またキリスト者として信仰的な弱さの問題を抱えています。「主よ、私の弱さからあなたに背いてしまいました」、そんな言葉を何度も心の中で呟く私たちです。信仰的な弱さには大まかに言って二通りあります。  一つは、信じようとしても信じ切れない弱さ。心のどこかで信じてはいるのだが、自分の弱さから信じ切れない、神様に委ね切れない。そうし[…続きを読む]

    思い違いからの自由

    2017年11月12日 出エジプト3:1-14、マルコ12:18-27 関 伸子 牧師  マルコによる福音書第12章の18節以下の記事の最後の27節に、「あなたたちは大変な思い違いをしている」という主のみ言葉があります。この「思い違いをしている」という言葉を文語訳では、「汝ら大いに誤れり」という訳になっていました。主イエスもわざわざ、「大変な思い違い」、大きな思い違いをしているとおっしゃっているように、「ごめん、ごめん」で済むようなものではないのです。  […続きを読む]

    誰があなたを汚すのか

    2017年11月5日 詩編32:1-11、マルコ7:14-23 関 伸子 牧師  マルコによる福音書第7章の14節から23節までに記されている言葉の、ひとつの明確な中心となる言葉は、15節です。「外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである」。  このみ言葉を主イエスは、わざわざ群衆を呼び寄せて語られました。群衆と別れて家に入った時に、弟子たちが、いったいさっきおっしゃったのはどういう意味ですかと尋[…続きを読む]