カンバーランド長老キリスト教会

東小金井教会説教

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  • 神の国の到来

    2021年2月28日
    イザヤ書35:1~10、マタイ12:22~32  
    関 伸子牧師

     ベルゼブル論争と呼ばれる出来事は、ある事件がきっかけとなって始まった。すなわち、「目が見えず口の利けない人」がイエスによって癒されたことがその発端となったのである。この人は目と口が不自由な分、いろいろなことに熱心に耳を傾けていたに違いない。この人を主イエスはいやされた。群衆は皆驚いて「まさか、この人がダビデの子ではあるまいか」と言った(マタイ12:23)。

     イザヤ書第35章によれば、神の到来によって起こる栄光の働きとして、「そのとき、見えない人の目は開けられ 聞こえない人の耳は開かれる」(5節)と語られている。この言葉を虚心坦懐に受けとめるなら、イエスの働きによって、まさしくその時、このイザヤの預言は成就したのであり、まさしくその場所で神の栄光は輝いたのである。しかしファリサイ派の人々はそれを神の栄光の顕現とみなすことなく、むしろ悪の頭、ベルゼブルの邪悪な力の発露であると言うのである。このベルゼブルとは、元来、悪霊たちの支配者の名前であり、ペリシテ人たちの神、「蠅の王(バアル・ゼブブ)」を意味する言葉であったと言われる。要するに、まことの神に敵対する悪しき力の象徴である。しかし、イエスはイスラエルの民の一員であり、ダビデの子である。

     ファリサイ派の人々からすれば、何はともあれ、イエスは「悪」であった。安息日を守らず、律法を軽んじ、伝統的な権威を認めようともしない人間が、神の栄光を顕すなどということは、あり得ないことだからである。私たちはここに悪霊のひとつの働きを見て取ることができる。悪霊は私たちの固定観念を増幅させ、あるがままの事実を歪んだ形で指し示し、見えているものすら見えなくさせてしまう。こうした力に捕らわれているのは、決してファリサイ派の人々だけではない。私たちもそうなりやすいことに気づかされる。

     主イエスは、まじないや呪文や呪術に頼らず、いつも人格的な愛のふれあいによって悪霊につかれた人を解放されます。またイエスは、ご自分のために一度も、力ある業を行ったことはありません。「わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出しているのであれば、あなたがたの仲間は何の力で追い出すのか」(27節)と言って、この苦しみを背負っている病の人に、神の国が来ると言われました。

     ところで、主イエスが「神の国」と言われるときは、斜めにかまえて皮肉に言及するときである。なぜなら、イエスご自身は「神の国」などという宗教的な理念には関心はないけれども、現在眼の前で、病気をかかえて苦労している人の病気が治った、それがどんなにすばらしいことか、これが神の国というものだろう、と言っているだけなのである。

     「わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている」(30節)という言葉は、神の霊の働きと神の国の前進に対する態度決定を、私たちに要求してくる。「イエスとともに」が大切なのです。わたしたちとともにおられる、だからわたしもイエスとともに、という姿勢でありたい。十字架において、罪と悪魔に勝利されたそのお方を信じるとは、そのお方といっしょに集める者となることです。ただ見ているだけではなく、イエスと別に行動することでもない。「イエスとともに」でなければ、大切なものを見失しなってしまう。

     「人の子に言い逆らう者は赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも来るべき世でも許されることはない」(32節)。この言葉は神の恵みの深さと厳しさの両方を同時に語っている。「人の子に言い逆らう者は赦される」ということは、イエス・キリストを否定し、それを受け入れない者も、イエス・キリストの御手の中、祈りの中に入れられているということでしょう。主イエスの「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)という十字架上の祈りを思い起こさせます。それでいながら「聖霊に言い逆らう者は赦されない」とは、どういうことか。「聖霊」とは、今、ここで働く神の霊です。それは、私たちとイエス・キリスト、また父なる神を執り成し、固く結びあわせてくれるものです(ローマ8:26)。それらを自ら拒否することで救いの道が閉ざされてしまうということではないか。

     イエスの宣教には神の霊が躍動しているという信仰を告白する人々は、この信仰告白がいのちに移し変えられるということを確証するに違いない。香港のキリスト者たちがまさに神の霊に突き動かされて「香港牧師ネットワーク」を結成し、「香港2020福音宣言」を公表した。彼らの行動は、その信仰を反映している。最近読んだ松谷曄介氏の著書『香港の民主化運動と信仰の自由』は、信仰の仲間たちの嘆きと祈り、そのただ中にある希望を証言する信仰の言葉にあふれている。今、悪霊を追い出し、神の栄光を見、また聞けるようにしていただくことを、誰もが必要としている。神の霊によってそのように導かれたいと願い祈り続けたい。お祈りをいたします。