良い実を結ぶ
2025年7月27日 エレミヤ7:1~7、使徒言行録19:13~20 関 伸子_牧師 パウロのエフェソ伝道は、説教とともに「数々の目覚ましい奇跡」(11節)をも伴いました。ところがここに、13節には「ユダヤ人」の「祈禱師」という、結びつくはずのない言葉が結びついてあらわれています。当時の人々は誰でも、病気や不安、ことに精神的な病は、悪霊がやってきてその人の中に住みつくために起こったと信じていました。だから悪魔祓いは公認された職業でした。諸国を巡回している[…続きを読む]
神の贈りもの
2025年7月20日 歴代誌下46:12~21、マタイによる福音書17:15~23 関 伸子_牧師 主イエスは、山上の説教の終わりに近づくところで「狭い門から入りなさい」(13節)に始まる、狭い門、細い道を見いだし、そこからはいれ、という教えに続いて、「偽預言者に注意しなさい」というみ言葉を語り始められます。なぜ、主イエスは、ここで、このようなことを語り始められたのでしょうか。 「注意しなさい」と主は言われます。偽預言者に対して、警戒するのです。警戒す[…続きを読む]
澄んだ目で見続ける
2025年7月13日 イザヤ書49:14~21、マタイによる福音書16:19~24 関 伸子_牧師 マタイによる福音書第19節から21節を読むと、古代には財産がどのようなものであり、どのように保存されたかを忍ばせます。衣服にはシミがつき、穀物は腐り、地中に埋められた金銀は錆びたり盗難に遭うのです。そこで主イエスは地上に富を貯えることの虚しさを語って、「天に宝を積め」と語るのですけれども、実際に語られていることは、何を富とするかということが課題とされている[…続きを読む]
怒りをすてて
2025年7月6日 申命記26:1~11、マタイによる福音書5:21~26 関 伸子_牧師 マタイによる福音書が書かれた当時、マタイ教団は、明らかにユダヤ教のシナゴーグと対立していました。「私が来たのは律法や預言者を廃止するためだと思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである」(5:17)という言葉は基本方針であり、この律法の先鋭化こそが、律法が本来求めているものです。 十戒の原文は単に「殺すな」とあるだけですが(出20:13、申命記5:[…続きを読む]