カンバーランド長老キリスト教会

東小金井教会説教

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  • 神は遠く離れていない

    2025年6月22日
    詩編25:1~11、使徒言行録17:22~34
    関 伸子牧師

     「パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った」(22節)。パウロは異教文化の中心地で、インテリの代表者たちに正面から伝道をしたのです。「アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを、私は認めます」。「信仰のあつい方」、を口語訳は「宗教心に富んで」と訳しました。「信仰のあつい」は誤解を生むでしょう。ここでは一般的な宗教心のことです。「宗教的である」とは、神を恐れることであり、パウロはここでアテネの人々との接触点を宗教性という観点に求めました。

     「道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。あなたがたは「知られざる神に」と刻んだ祭壇を置いているけれども、あなたがたにもの「私たちは神を知らない」などとは言わせないようにしてあげよう。生きたまことの神の紹介をパウロが始めたときに語ったのは、「世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、人の手で造った神殿などにはお住みにはなりません」と言う言葉です。神は万物を造られた方である。創造者としての、すべての物の造り主としての神について語り始めます。パウロの説く唯一真の神は天地万物を創造した神ですから、人間の手で造られた神殿に納められるようなものではなく、逆に天地万物のすべては神の中に住んでいるのです。そして、それに付け加えて、万物を造られた神はすべての物を超えた神である。それは言い換えると、それらの物によって束縛される神ではないということです。すべての物を超越しておられる。もっと具体的に言えば、人間が手で造った神殿には住んではおられないというのです。

     パウロのまことの神についての論考はさらに続きます。まず、まことの神は「世界とその中の万物とを造られた神」、すなわち「天地の主」なる神です。だから、今、彼らの目の前で偉容を誇って建っているパルテノン神殿であっても、そのような中に閉じ込められるような神ではありません。次に、私たちに「命と息と万物とを与えてくださる」。アテネにある神々は、人間の創造の産物ですが、その人間を創造された神こそまことの神です。

     最後に、人類は神によって一人の人アダムから造り出されたことに言及します。神がまず一人の人のアダムを造ったことは、唯一の神としてふさわしい出来事であり、その一人の人からあらゆる民族を造ったことは、天地万物を造った神として同様にふさわしい業です。神がそのような人々を地のあらゆる表に住むようにしたことは、神の恵みであると同時に、天に住むのは神のみであることを示唆しています。

     ここにパウロは、クレテの詩人エピネニデスの詩「私たちは、神の中に生き、動き、また存在している」(28節)を引用して、その愚かさを指摘します。またアラトスの詩も例証として用います。「我らもその子孫である」。異教的な詩歌ですけれども、唯一の神を論証するために、彼らの思考のふところに飛び込むようにして、それらを転用しています。

     「悔い改め」の原文ギリシア語「メタノイア」を逆から読むと「アイノタメ」になるという話を思い出すと、この箇所の解説をしたある人が書いてありました。「メタノイア」は「視点、視座の転換」を意味する言葉です。そしてヘブライ語における悔い改め「シェーブ」という言葉には「帰る」という意味があります。アテネの人々が悔い改めるべきものとは何でしょう。それは、偶像崇拝という無知です。神は愛です。神はその無知をここまでその寛容によって大目に見てくださっておられました。それが今やイエス・キリストの到来によって事態が変わりました。「今は、無知であってはならない。どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます」とパウロは言います。なぜなら、今は特別な時だからです。神は、キリストを死者の中から復活させられました。「今、悔い改めよう。今こそ、神を知ろう」と言うのです。

     しかし、パウロの伝道の結末は次の通りです。「死者の復活ということを聞くと、ある者は嘲笑い、ある者は、『それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう』と言った」(32節)。このような結末を、ことさらに特別視する必要はありません。私たちもまったく同じことでいつも悩んでいるのです。ところが、「しかし、彼に付いて行って信仰に入った者も、何人かいた」(34節)とあります。そのひとたちの代表的な男性と女性の名前が書き記されています。アテネの教会の教会員第一号と第二号であったと言うこともできる。神の前にはこの幾人かが尊いのです。

     この幾人かは、最初から人が予定した人たちではありませんでした。ここにも神の伝道のなさりようをよく読み取れます。決して妥協をなさいません。「知られない神」に献げている祭壇に、人びとが満足するような、人びとの好奇心を満たすようなかたちで姿を現すということはなさらない。そのような伝道をすることをお許しにはならない。偶像を造る無知の罪を審く神。そして、思いがけなく、み子イエス・キリストを甦らせる神としてここに姿を現わされる。しかし、それ以外に救いはないのです。

     かつて恩師の関田寛雄先生が伝道礼拝に浅野順一師を連れて行った教会の礼拝出席者が2名だった。その帰り道、浅野先生に「申し訳なかった」と言うと、「今日は本当によい礼拝だった」と言われたと聞きました。そこに真に神を求める者たちがいたのです。パウロは、アテネの人びとには、アテネの人びとが分かってくれるように語ったのです。ここで語られていることもまた真理であることに変わりはないのです。祈りをいたします。