イエスとは何者か
2026年3月8日 イザヤ48:1~8、マルコ8:27~30 関 伸子_牧師 主イエスが弟子たちに「人々は、私のことを何者だと言っているか」、「あなたがたは私を何者だと言うのか」と質問され、これに対してペトロが「あなたは、メシアです」とお応えしたことは、マルコによる福音書のちょうど中頃に記されており前半のクライマックスであり、ひとつの重要な箇所であると言えます。 とても興味深いことに、このことが起こったのはユダヤではなく、フィリポ・カイサリアという地方[…続きを読む]
真実の家に住むための闘い
2026年3月1日 エレミヤ書2:1~13、マルコによる福音書3:20~29 関 伸子_牧師 先ほどお読みしたマルコ福音書第3章20節以下に記されている物語は、「イエスが家に帰られると」という言葉から始まります。既に弟子となっていたシモンとアンデレの家をご自分のすみかとなさっていたようです。ペトロの妻の母である姑が、主イエスに病を癒されて以来、忠実に主イエスの身の回りの世話をしていたかもしれません。 しかし、今日の箇所の先にはイエスを理解できない人々が[…続きを読む]
主がお入り用なのです
2026年2月22日 ゼカリア9:9、ルカによる福音書19:28-40 平 尚紀(たいら・まさのり)牧師(成瀬教会) 私が幼い頃、幼稚園ホールの壁に飾られていた大きな絵、そのうちの一枚が今日の聖書の情景を描いた絵でした。小さなロバに乗ったイエス様とそれを喜んで迎える人々の絵です。当時、幼稚園の園長をなさっていた画家の田中清隆さんが書かれた絵ですが、どこかアンバランスでした。イエス様であろう人が乗っているロバがとても小さいのです。それでも、「僕たち・私たち[…続きを読む]
主イエスと共に
2026年2月15日 ヨナ1:1~2:1、マルコ4:35~41 関 伸子_牧師 主イエスの宣教はヨルダン川での受洗に始まり、まずガリラヤ湖の周辺で展開されました。ガリラヤ湖の漁師たちが弟子として召され、湖畔の町カフェルナウムが御自分の町になり、そこから全ガリラヤ地方に福音が伝えられて行きます。そこで主イエスは湖上に浮かぶ舟から岸辺に並ぶ群衆に向かって種々のたとえを語られますが、その意味を弟子たちだけには説き明かします。 先ほどお読みした箇所もガリラヤで[…続きを読む]
救いに突き進む
2026年2月8日 詩編147:1~11、マルコによる福音書2:1~12 関 伸子_牧師 主イエスの宣教はカフェルナウムで始まりました。今日の聖書箇所の前のところで主はひとたびカフェルナウムに戻り、つぎつぎと奇跡の業を行います。主が体の麻痺した人を癒やす出来事は会堂で起こるものではありません。家での出来事です。この家はペトロのしゅうとめの家だったのではないかといわれています。そこに人々が大勢集まります。戸口まで一杯に押し寄せた群衆は今やイエスの言葉を期待[…続きを読む]