永遠のいのちを信じる
2026年5月17日 イザヤ書5:1~7、ヨハネによる福音書17:1~8 関 伸子_牧師 ヨハネによる福音書第17章は、「大祭司の祈り」と呼ばれます。直前の第16章33節で「私はすでに世に勝っている」と高らかに宣言された主イエスは、入念に、特別の祈りをささげられます。 「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現わすために、子に栄光を現わしてください」(1節)。イエスは目を天に向けて、祈りの姿勢をとられました。イエスは御父に対する深い信頼の思いを[…続きを読む]
端っこから神の国
2026年5月10日 創世記12:1~3、マタイ4:12~17 松本 雅弘_牧師(あさひ教会協力牧師) イエスさまの宣教活動は、象徴的な場所と第一声から始まりました。選挙の第一声が候補者の姿勢を示すように、イエスさまがどこで何を語り始めたかは、福音書全体の方向性を決めるほど重要です。マタイは、イエスさまが「ガリラヤ」で宣教を開始し、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と宣言されたことを強調します。この第一声には、神の国の性質、神の愛の向かう方向、そして救いの[…続きを読む]
つながって豊かに実を結ぶ
2026年5月3日 詩編95:1~11、ヨハネによる福音書15:1~10 関 伸子_牧師 羊とぶどうは旧約聖書以来よく用いられ親しまれてきたたとえでした。神の愛する民イスラエルはよくぶどうの木やぶどう畑にたとえられて来ました。イザヤ書第5章1節は「私は歌おう、私の愛する者のために ぶどう畑の愛の歌を」と始まります。主なる神は肥沃な丘にあるぶどう畑をよく耕して、「良いぶどう」であるイスラエル民族を植えた。しかし、実ったのは「酸っぱいぶどう」でした。それはイ[…続きを読む]
主イエスの新しい掟
2026年4月26日 主イエスの新しい掟 詩編34:1~8、ヨハネによる福音書13:31~35 関 伸子_牧師 「今や、人の子は栄光を受け、神は人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神もご自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる」(31節b、32節)。ここから「分かれの説教」と呼ばれる長い主イエスの説教が始まり、第16章の終わりまで続きます。ユダの裏切りはイエスのご受難と結びつくの[…続きを読む]
豊かな命への門
2026年4月19日 エゼキエル34:7~15、ヨハネによる福音書10:7~21 関 伸子_牧師 ヨハネによる福音書の中で、主イエスは、旧約聖書に用いられる言葉をよく御自分に適用されます。「パン」と「光」のあとに、第10章では「羊飼い—牧者」を適用してたとえが語られます。「私は羊の門である」(7節)。主イエスは羊飼いであり、かつ羊がそこから出入りする、つまりおいしい草を食べ、水を飲み、楽しみ、そして夜は安全な家に帰ることができる、門だというのです。イエス[…続きを読む]