時を知る知識
2021年6月20日 イザヤ書2:1~5、ローマの信徒への手紙13:11~14 関 伸子牧師 使徒パウロはローマの信徒への手紙第12章1節から始まる勧告で、まず「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい」と勧めます。キリスト者の生活を支えるのはこのような礼拝だからです。そして神の愛を受けた者の務めは「互いに愛し合う」ことであると教えます。今日の箇所では、そのように生きることのできる理由を述べます。 パウロが勧める行いに励むことができる[…続きを読む]
まことのぶどうの木
2021年6月13日 イザヤ書5:1~7、ヨハネによる福音書15:1~10 濵崎 孝牧師 キリスト・イエスさまは、ご自身を「ぶどうの木」にたとえて福音を語られましたね。主イエスさまはぶどうの木、私どもキリスト教会の一人一人はその枝だとお教えになったのです。でもどうしてイエスさまは、「私はまことのぶどうの木」(1節)と言われたのでしょうか。旧約聖書のメッセージにふれて福音を語ったからです。 イザヤ書や旧約聖書には、言わば『いつわりのぶどうの木』のこと[…続きを読む]
神は遠く離れてはいない
2021年6月6日 エゼキエル18:25~32、使徒言行録17:22~34 関 伸子牧師 今日、めぐみ教会の礼拝の中で石塚惠司牧師の担任牧師就任式が行われています。「Jミッション風」に石塚先生の就任のあいさつが掲載されています。ここで先生は「保線夫」に言及して、「保線夫、この仕事は一つひとつの区間に責任を持ち、鉄道の運行にはなくてはなりません。牧師も同じです」と、尊敬する神学校の先生が語ったことが記されていました。伝道とは本当に不思議なわざである。それは[…続きを読む]
穏やかに生きる
2021年5月30日 イザヤ書6:1~8、マタイ11:25~30 関 伸子牧師 先ほどお読みしましたイザヤ書第6章にはイザヤの召命物語が記されています。マタイによる福音書第11章25節以下には、選び出され、あるいは招かれたものが、いかにそれに応えていくかということが記されています。私たちも神に召されています。それはどいうことなのでしょう。 預言者イザヤは神殿で天の御座に主が座しておられる有り様を幻に見ました。神の御座の周りをセラフィムが飛び交っているの[…続きを読む]
神のみわざ
2021年5月23日 ヨエル書2:23~3:2、使徒言行録2:1~11 関 伸子牧師 時は満ちて五旬節になりました。主イエスが十字架につき、復活されてから50日目、弟子たちは聖霊を受けた。「五旬祭の日が来て・・・」。英語のKJVは“was fully come,”と書いているので、決定的な時が満ちて起こる出来事が到来したことを意味します。「皆が同じ場所に集まっている」。私たちも礼拝堂、またライブ配信によって集められています。教会、それはキリストのからだで[…続きを読む]