私たちと共にいるイエス
2023年5月21日 エゼキエル書43:1~7c、使徒言行録1:12~26 関 伸子牧師 今日、私たちが読む使徒言行録は、キリストにおいて生じた事を書くのに二つの言葉が用いられています。一つは死に打ち勝つ「復活」という言葉であり、もう一つは神の右に座り、力を与えられた「昇天」という言葉です。これらの二つのモチーフは、キリストの力と命が、霊を通して弟子たちに与えられる使徒言行録第2章のペンテコステにおいて結び付けられます。 主イエスの昇天は、確かに弟子た[…続きを読む]
すばらしい信仰に生きる
2023年5月14日 ダニエル書6:10~23、ルカによる福音書7:1~10 関 伸子牧師 弟子たちと民衆に神の愛や裁きに関する説教を説いてから、主イエスは、カフェルナウムにやって来ました(6:20~7:1)。その時、百人隊長の僕の病をいやす奇跡を行われました。 「ところで、ある百人隊長に重んじられている僕が、病気で死にかけていた。イエスのことを聞いた百人隊長は、ユダヤ人の長老たちを使いにやって、僕を助けに来てくださるように頼んだ」(2,3節)。平行箇[…続きを読む]
私たちの友、イエス
2023年5月7日 申命記7:6~11、ヨハネによる福音書15:11~17 関 伸子牧師 ヨハネ福音書第15章は、主イエスの弟子たちへの優しさに満ちています。「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」という主イエスのメッセージを中核にして、「私は・・・・・・である」、「あなたがたは・・・・・・である」という主イエスの言葉によって、「私たちは誰であるのか」を明確に告げてくれる、私たちがどうしても聴かなければならない真理を告げる聖書の言葉です。ここで教えら[…続きを読む]
命を与えてくださるイエス
2023年4月30日 出エジプト記16:4~16、ヨハネによる福音書6:34~40 関 伸子牧師 ヨハネによる福音書第6章は、「イエスは命を与える」というテーマが、これから「しるし」を通して展開されます。主イエスが増して与えられたパンは、「朽ちる食べ物のためではなく・・・・・・永遠の命に至る食べ物」(27節)を信じさせるためでした。イエスが水の上を歩かれたのも、「私だ(エゴー・エイミー)」という言葉に示されているように、御自分がメシアであることを信じさせ[…続きを読む]
祈りの路づくり
2023年4月23日 サムエル記上1:12~20、コロサイの信徒への手紙4:2~6 国立のぞみ教会 唐澤 健太牧師 「目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい」(2節)。パウロはコロサイの教会の人々に宛てた手紙の最後に書き記した。「ひたすら祈る」とはどういうことか? もちろんひたすら祈るとは24時間365日祈るということではない。そんなことは不可能だ。教会では時々「連鎖祈祷」と言って、ある期間、あることのために誰かが必ず祈っているということをする。しか[…続きを読む]