試練の中で示される道
2022年3月6日 エレミヤ31:27~34、マルコによる福音書1:12~15 関 伸子牧師 受難節第1主日の礼拝をささげています。受難節に入る前にロシア軍によるウクライナ侵攻により首都キエフが砲撃され、他の地域でも攻撃が激化しています。戦火の続くウクライナ、新型コロナウイルスが急拡大している香港、人権侵害が深刻化するミャンマー、対立が続くイスラエルとパレスチナ・・・。天地万物を造られた神は、滅びゆくこの世にあって、いったい何をしておられるのか、と問いた[…続きを読む]
わたしについて来なさい
2022年2月27日 エレミヤ16:14~16、マルコ1:14~20 唐澤 健太牧師(国立のぞみ教会) 「私に付いて来なさい。人間をとる漁師にしよう」(17節)。ガリラヤの漁師4人がイエス様の弟子に招かれる物語が与えられた。マルコが描く漁師たちの召命物語はとても衝撃的だ。マルコによれば、ペトロたちはイエス様と初対面にも関わらず、しかも、何の奇跡を目の当たりにしたわけでもなく、ただ「私に付いて来なさい」という招きに、「すぐに網を捨てて従った」というのだ。 […続きを読む]
救いへのダッシュ
2022年2月20日 詩編147:1~11、マルコによる福音書2:1~12 関 伸子牧師 主イエスは多くの人々を癒されました。福音書が記すイエスの伝道の旅において、「いやすキリスト」の記述がかなりの比重を占めていることは明らかです。しかし、マルコ福音書第2章の「体の麻痺した人」を癒された物語では、癒したことではなく、癒しに先立って罪の赦しが宣言されたことに驚きます。 「体の麻痺した人」、これを今までは「中風」と訳していました。中風は、現代においても、完[…続きを読む]
惜しみなく蒔く
2022年2月13日 コヘレト書11:1~6、マルコによる福音書4:1~9 関 伸子牧師 主イエスは多くのたとえを用いて語られます。マルコは第4章に種蒔きのたとえを3つ記します。日本とユダヤでは種の蒔き方は違うでしょうけれども、ここでイエスは、生活に密着した誰でも知っている具体例を使って神の国の奥義を教えておられます。 主イエスは「聞け。見よ、種を蒔く人が種蒔きに出て行った」と語り始めます。「見よ」は聖書協会共同訳に訳されていませんが、聞き手に注意させ[…続きを読む]
神の国のビジョンに生きる
2022年2月6日 サムエル記下12:1~13、マルコによる福音書4:26~34 関 伸子牧師 毎年2月第1主日は、カンバーランド長老教会の誕生(1810年2月4日)を記念するデノミネーション・サンデーとしてささげています。米国テネシー州にあるサムエル・マカドウ牧師の丸太小屋で3人の教職者が熱い祈りをささげてカンバーランド中会が誕生しました。その信仰の種が蒔かれて育ち、私たちは小金井市の小さな教会で礼拝をささげています。今日の福音書には種そのものの不思議[…続きを読む]